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投稿者 : sasaki 投稿日時: 2012-09-11 02:11:32 (11401 ヒット)

夏休みに、日本で大学に通う娘が帰ってきていました。去年に引き続き2度目の帰省です。帰省途中にはケニアに寄り、卒業した高校で同級生に会ってくるのも大きな楽しみのようです。卒業2年目には、サッカーやバスケットボール、バレーボールなど、それぞれの部活の、OB対現役の試合も催されてとても盛り上がるそうです。彼女は、サッカーの試合に出場しましたが、さすがに高校時代のようには走れなかったと言って嘆いていました。



<< 一年ぶりに揃った子どもたちと休暇先のロッジで >>

ところで、日本に住む娘にとって、帰ってくるべき場所はルワンダ。ルワンダに帰る前はとても嬉しくて、興奮するそうです。ケニアにいる長男も、そしてこの夏から同じ高校に通い始めた次男も親元を離れた今、それぞれの帰省するところが「ルワンダ」になっているのです。自分の子どもたちにとって、アフリカ大陸のルワンダが「帰るところ」になっているというのは、ルワンダに住んでいる私自身、なんとなく新鮮で不思議な、そしてうれしい感覚です。私にとって「帰るところ」はあくまでも日本。確かに日本に一ヶ月もいると、おしりのあたりがムズムズしてきて、我が家のあるルワンダに帰りたくなるのですが、実家のある鹿児島は、やはり私の帰るべきところに違いありません。その、私にとっての「帰るところ」の常識を超えて、子どもたちにとっての「帰るところ」が、私と夫の住むルワンダになっている。このルワンダに根を下ろして生活したいと願っているわたしにとって、子どもたちのその感覚は、私たちを益々ルワンダに結び付けてくれるようで、嬉しくなるのです。いずれ、子どもを出産するためにルワンダに里帰りということもあったりして?

さて、話はかわりますが、帰省中の長女がある日こんなことをいいました。「日本では一人暮らしをして、自分の責任で生きていると思っているんだけど、ママたちにとっては、私はやっぱり子どもでしかないんだよねえ。」丁度やはりアメリカからルワンダに帰ってきていたオランダ人の同級生と、両親の元に帰ってくると子ども扱いされるが、そのことが少々心外だというようなことを話し合ったようなのです。「当たり前よお!いくつになっても子どもは子どもよ。」と、反射的に応えたものの、それは、ある種の親の勝手なのかもしれない・・・・と、すぐに思ったのでした。日本で一人暮らしをする娘にとって、初めのころの生活は、日々、色々な緊張を強いられ、一つ一つの課題に挑戦しつつ過ごしてきたことでしょう。そして今年3月に20歳になった彼女は、既に社会的にも一人前の大人だったのです。自分で考え、悩み、必要があれば友人に相談し、苦労しながらその一つ一つを乗り越えて生活してきた、そういう自分の経験に立って生きている自立した(まだ生活費は親が出していますが)存在なのでした。確かに娘はいつまでたっても私たちのかわいい子どもに違いありませんが、これからは、大人としてもその存在を認めていくということも意識する必要があるのでしょう。

娘が日本に帰って、この前スカイプで話をしました。「どう?一人暮らしはわびしくない?」「う〜ん、勝手にやれるから楽だよお!」という答えが返ってきました。親元は、帰ってもよし、離れてもよし、なのでしょう。わたしにとっては、少々肩透かしを食らったような答えではありましたが・・・・。 


投稿者 : sasaki 投稿日時: 2012-09-07 16:33:15 (5925 ヒット)

思いがけないときのプレゼントほど嬉しいものはありません。去年9月に、日本の教会から何の前ぶれもなく、ダンボール箱が一箱届きました。中身は絵本。その時のことは、「恵のブログ」22011年10月16日に、「うれしい届き物」として掲載しました。

そして昨日、また、思いがけない絵本の箱が届いたのです!第一便を送ってくださった教会の女性会が、今年も祈りに覚えてお送りくださったものでした。国際速達郵便で送られた絵本は送料だけでも3万円近く掛かっていました。その送金は、病気治療中の方がご自身の作品をTシャツにされたのを教会に送られて、それを女性会の方々が購入されたその売り上げを献金してくださったり、また、送料を生み出すためにミニバザーを開催してくださったりしたものでした。届けてくださった絵本も、お子様の思い出の品だったり、ご夫婦で大切にされていたものを寄付してくださったというものでした。本当に、多くの方がたがお祈りに覚えてくださり、それを一つ一つ行動に移してくださり、こうして、ルワンダに送ってくださった皆様のお祈りと愛を心から感謝いたします。




さて、こうしてお送りくださった絵本は現在300冊近くになりました。前述の教会の女性会の方々を始め、集会のチラシに「ルワンダに絵本を!」と載せて地域の方々に呼びかけてくださった教会、一冊ずつ集めましたといって送ってくださった方、また、ルワンダを訪問してくださった後、ピース・インターナショナル・スクールのことを覚えて絵本を送ってくださったかた、地方連合で呼びかけて送ってくださった方、また、パプテスト連盟のスタディーツワーの方々は、寄贈された絵本を段ボール箱二個に詰めて持ってきてくださいました。その他、イギリス在住の友人も教会に呼びかけてくださり、沢山の絵本を送ってくださったのでした。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

ニャンザ校が開校して2年め。まだ、英語の絵本を一人で読むまでにはいかないようですが、それでも、絵本を開く子どもたちの目は輝いています。絵本がピース・インターナショナル・スクールのこどもたち一人ひとりにとって、情操面の発達に果たす役割は、大きなものになることでしょう。この12月には、私たち夫婦は、和之の勤める大学のあるブタレに引越しを計画しています。ピース・インターナショナル・スクールのあるニャンザは、キガリとブタレの途中にあるのですが、ブタレからはバスで45分ほど、キガリからより一時間ほど近くなり、これまでより、より深いかかわりを持ちたいと期待しつつ祈っています。どうぞ、皆さまの贈ってくださった絵本が、ピース・インターナショナル・スクールの子どもたちにとって、より豊かな心の成長に用いられますようにお祈りください。 


投稿者 : sasaki 投稿日時: 2012-03-23 02:18:36 (14248 ヒット)


1月2日の新築祝い以来、2ヵ月半ぶりにキレヘを訪問しました。

「私たちは、豆を鍋で煮るとき、悪い豆をよりだして、いい豆だけを料理します。しかしこの人は、悪い豆も一つの鍋にいれて、料理することを選び取ってくれたのです。」

これは、この日、私たちが訪問したお宅でお話を聞いたイノセントさんが、隣に座る人を示しながらはなしてくれた言葉です。イノセントさんはジェノサイド当時の加害者、上記の言葉に出てくる「この人」(お名前を聞きそびれてしまいました。以下A さん)はイノセントさんと同じ村の出身で、ジェノサイド当時、イノセントさんを含むグループによって追撃され、家族に被害者が出ています。

私たちはその日、日本からのお客様2人をお連れして、「償いの家造り」の現場を訪ねていました。ルワンダは今、農作物の植え付け期に入り、ボランティアで家造りをしておられる元受刑者の方々も、家業の農作業に忙しいということで、いつもは週に2〜3回の家造りの活動を、週に一回のペースでされていました。この日は特別に私たちのために活動日をかえていただき、2チームの家造りの現場と、前述のイノセントさんのチームによって既に完成した家に住まわれているパトリシアさんのお宅を訪問したのでした。各チームのリーダーは、私も既にお名前と顔を確認できるセルディオさんとタデヨさん、そして、今回しっかりとそのお名前を確認することになったイノセントさん。この方たちの呼びかけによって、それぞれに20人から30人ほどの方々が集まって、ボランティアによる家造りのチームが結成されているのです。

さて、上記のイノセントさん(イノセントという名前は「けがれのない」という意味で、「無実」という意味もある)はお話の中で、リーチの活動を通して、実際に和解という道を選び取ることが出来るようになったということを強調されていました。服役中「罪の告白」をし、「ルワンダ人は一つ」ということを学びはしたけれども、それは、加害者側だけしかいない環境の中での学びだったということ、刑期を終えて自分の村に帰ってきたときに、実際の生活の場でそれは役に立たなかったこと、しかし、その現実レベルでの学びを可能にしてくれたのがリーチだったこと、リーチは、被害者と加害者を出会わせ、和解させてくれたということを話して下さったのでした。

そして今、その和解を生きる自分たちの姿を見た若者たちの中から、被害者の家族・加害者の家族という壁を乗り越えて、結婚することを選び取る人達が出てきているというのです!和之がそこで口を挟み、「そういう若者たちにあうことができますか?」とたずねたところ、イノセントさんの息子さんと、Aさんの娘さんが、結婚したのだというのでした。

この文章の始めに紹介したイノセントさんの言葉は、この事実の報告のあとに彼が語ってくれた言葉です。私には、彼のこの豆のたとえばなしがとても印象的でした。ルワンダ人は豆をよく食します。トウモロコシ、エンドウ豆、インゲン豆。それをザルに拡げて、そこから悪い豆をより分けることは、料理の前の一仕事です。悪い豆を一緒に料理してそれを食べることは誰もしようとはしません。まずい料理を誰がわざわざ好き好んで料理し食べるでしょう?しかしAさんは、その悪い豆をそのままで受け入れ、料理し、食べてくれたというのです。イノセントさんは、自分を「悪い豆」にたとえました。その「悪い」自分を、隣に座るAさん、自分の直接の被害者であるAさんが受け入れてくれたというのは、どんなに大きな喜び・救いだったことでしょう!

そして、ジェノサイドから18年が経とうしている今、その頃にはまだ小さかった子どもたちが結婚を考える年齢に達しています。その若者たちの中から、加害者・被害者、殺した側・殺された側という壁を乗り越えようと決断し、選び取り、未来に向かって歩み始めている青年たちが現れているのです。

一方、訪問した家の持ち主パトリシアさんの話は、この希望の話とは裏腹に、ジェノサイドは今もこの国民を覆う暗い現実だということを物語っていました。4月6日からのジェノサイド週間になると、ラジオからはその当時のことが物語られ、各地で追悼集会が催されます。パトリシアさんは、毎年この時期になると、フラッシュバックでとてもつらくなるというのです。「だから、そのことには触れないようにして過ごしたいのですが、周りの人の手前もあり、追悼集会に出かけないわけにもいかず、また、つらいときを迎えようとしています。」ということでした。

セルディオさんのチームの活動を最後に訪問しました。彼のチームは今では32人ほどに膨らんでいます。和解の活動の評判を聞いた人達が活動に参加しはじめ、その人数が増えているのだそうです。その中の一人は、1月の新築祝いが持たれたコンシアーナさんの息子さんで、自分の親の家を建ててくれた加害者のその償いの行いをみて、自身は被害者の家族でありながら、この家造りのボランティアに加わっています。また別の1人は、やはり、1月の新築祝いの様子が報道されたラジオ番組を聴いて、リーチの活動について興味を持ち、このチームに加わったとのことでした。この人もまた、被害者側の女性で、家族はみなジェノサイドのときに殺されて、彼女一人だけが残されたということでした。


<加害者が初めた「償いの家造り」に被害者も参加>

このチームでは、画期的なこととして、今年から相互扶助制度を立ち上げました。1月に入会金400フラン(約60円)、2月からは各月500フラン(約70円)をチームの仲間から集め、既にそのための銀行口座も設けたということでした。チームの一人が作業中に屋根から落ち、手首を怪我したことが、この、制度を発足するきっかけになったそうです。病気や事故など、まとまったお金が必要なときにそこから工面するようにしたいということでした。

今回もまた、キレヘの人々がこのように共生の道を選び取り、手探りで前向きに歩き始めている姿に大きな励ましをいただきました。私はこの日、彼らに短いメッセージを伝えました。どうぞ、この希望のともし火を掲げ続けてくださるように、私たちが彼らから学び続けることが出来ますように、そして、私自身も、あなたたちのように、希望のともし火を掲げるものでありますようにと。キレヘの人達のこの和解の歩みが、苦しみを伴った産みの苦しみのようなものでありつつも、彼らの生活の中にその歩みがしっかりと根付いたものとなるように祈りたいと思います。


投稿者 : sasaki 投稿日時: 2012-01-16 04:43:23 (5252 ヒット)

1月2日、東部州キレへ郡。快晴の空の下、コンシアーナさん宅の庭で、彼女の家を含め、最近完成した4軒の新築祝いが行われました。元受刑者の方々がボランティアで建てた家の新築祝いです。地元の方々はもちろんのこと、日本からはミッション・スタディー・ツアーの方々11人、また、アメリカからはマサチューセッツ州の聖公会の教会関係者5名とその地域の大学生8人も参加しての、本当に大きなお祝いでした。

予定どおり10時前に会場に着いた日本人は、リーチの活動参加者の製作したクラフトの出店でお土産を物色ながら会の始まりを待ちました。


遅れてこられた「統合と和解委員会」の代表者やキレへ郡の首長を中央にお迎えして新築祝いが始まったのは11時。コンシアーナさんの感謝の言葉や、彼女の家を建てた元受刑者の方々の証し、そして、これまでにこの活動で家を建ててもらった受益者の方々の証し、そしてゲストの方々からのメッセージを中心に、クワイヤーの賛美を挟みながらのお祝いは、お昼も食べずに延々と3時まで続きました。 


アフリカのこうした時間の流れに大分慣れている私は、大体の時間の流れを予想しながら参加していたのですが、日本やアメリカからこられた方々にとって、この4時間(日本人にとっては5時間)のプログラムは、本当に体力・気力を必要とするものだったことでしょう。また、社会的な地位による明らかな対応の差別などがあり、参加者の中には、こうしたことを敏感に感じられて、ますます疲れを覚えた方もいらしたと思います。しかしそれにもかかわらず、この2012年が始まったばかりの日に、このようにたくさんの方々が喜び集う集会に参加できたことを私は心からうれしく思い、5時間という時間が、あっという間に過ぎた気がしたのでした。

私たちがルワンダに来てから6年間、私は現地NGOリーチが取り組む「家造り」の進展を和之と共に祈りつつ、またそこで働く和之の仕事ぶりをずっと傍らで見てきました。この活動は地道な活動でした。小さな活動でした。主の御旨にかなう仕事だと信じていましたが、リーチで働くただ一人の外国人として、いろいろな困難に直面したこともありました。しかしこの日、この活動の中心におられるジェノサイドの被害者の方々、元受刑者の方々が、始めてお会いしたころとまったく違う表情で、本当にそれぞれが人間としての威厳を備えたお一人お一人としてこのお祝いに参加し、それぞれの証しをされていた、そのことをあらためて眼にすることができたのでした。そしてこの活動が、300人以上もの人がともに集い、歌い、証し、祈りあう、大きな喜びの出来事だったのだということをも、この日目の当たりにしたのでした。これまでの和之の、リーチの、活動に参加した元受刑者の、受益者の、そして、日本の教会の方々と支援者お一人お一人の、祈りと献金と働きとがひとつになって、このような喜びの出来事として祝われているということを実感したのでした。


また、わたしにとって、日本からこられた方々 ― 実際、その日参加されていた日本人の方々の中には、活動に参加してきた方々の名前を覚えて、祈り続けてくださった方もおられたのですが、そのような日本の兄弟姉妹方と共にこのお祝いの席に連なることができたことも本当に大きな喜びでした。じっさいには家を建てたり、建ててもらったりしていなくても、これまでの42軒の家造りをとおして、日本とルワンダだけでなく、イギリス、アメリカ、オーストラリア、本当にたくさんの人たちがそこに連ねられていることがあらためて思い起こされたのでした。そして、このルワンダのキレへという片田舎に、小さいかもしれませんが、確かな光が、このようにたくさんの人々によって掲げられているのだということを確かに見たのでした。その光は、主が働きかけ、灯してくださった光です。その光がこれからもこのルワンダで輝き続けますように、この活動に繋がる方々と共に掲げ続けていきたいと思わされたのでした。

新年にあたって、和之をミッションボランティアとして送り出してくださった日本バプテスト連盟、そして、私たちの生活を支えてくださっている、そして、この「家造り」の資金を提供してくださった「支援会」の方々に、改めてここで感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

最後にご報告。この日、キレへ郡の首長がその挨拶の中で、私たち家族をキレへ郡民として迎えると宣言してくださいました。「もしカズが願うなら、証明書も発行します!」と!


投稿者 : sasaki 投稿日時: 2011-10-16 22:02:09 (5471 ヒット)

先日、日本からとても嬉しい小包が届きました。英語の本25冊が、EMS(国際速達郵便)で届いたのです。送り主は、日本の教会の婦人の方々です。バプテスト女性連合が毎月発行している機関紙「世の光」10月号で、ピース・インターナショナル・スクール(以下P.I.S.)のことを報告し、この学校の子供たちのために英語の絵本を送ってほしいと訴えた直後のことでしたので、その反応の速さに本当にびっくりすると共に、とても嬉しかったのです。

その「世の光」でも報告したことですが、私は月に2回、P.I.S.で「折り紙教室」を開いて、日本語の歌や手遊び、折り紙を指導しています。去年から、その教室の最後に、絵本の読み聞かせを始めたのですが、子ども達にとって一番の楽しみなのが、この絵本の時間なのです。ルワンダの多くの子ども達は、絵本に接する機会が殆どありません。公立の学校では、個人用の教科書もありませんし、学校に図書室があるところがどれほどあるのでしょう?自宅に絵本を持っているのは、ほんの一握りの裕福な家庭の子供たちだけなのです。この子供たちに絵本をもっと触れさせてあげたい。豊かな絵本の世界を経験して欲しいと思い、「世の光」を通して日本にいる教会の方々に呼びかけたのでした。それが、こんなにも早く実現して手元に届くとは思ってもいないことでした!



イギリスでは、夏にルワンダに滞在されていた友人が、帰国後、通っておられる教会で絵本のことをさっそく呼びかけてくださっています。また、私の所属する横浜の教会でも、箱詰めにされた絵本がルワンダ行きを待っています。そして今、イギリスにいる他の友人や日本やカナダにいる友人知人にも、絵本のことを呼びかけているところです。一人ではなかなか出来ないことも、色々な方に相談し、アイデアをいただく中で、思いが実現して行くことの喜びを今、感謝と共に味わっています。P.I.S.に図書室を!沢山の方々のご協力をいただいて、ぜひ実現したいと願っています。


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