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―2 週目―

 

22 日(木) ニャマタという村にある教会を訪ねる。

 

恵さんのルワンダ語の家庭教師のジャンヴィエさんに通訳をお願いした。
首都・キガリから乗り合いタクシーで一時間ほど行ったところの村に教会はある。

「ツチは神にも見放された。」

虐殺が起こった時、人々は教会に逃げ込んできた。

それまで起こっていた暴動のときも、教会にさえ逃げ込めば、
暴徒に襲われることはなかったのだという。
教会の敷地はまさに「聖地」だったのだろう。

しかし、94 年のジェノサイドの時は違った。
なだれ込んできた武装集団は、逃げ込んでいた
1 万人の人を殺しつくした。


「聖域」に何の意味があったろう?


ルワンダ大虐殺にはキリスト教会も加担し、特にカトリック指導部が民族の差別化に
果たした役割は大きいとされている。中には虐殺を指導・指揮する牧師・神父もいた。
ある牧師が「物事には神様に与えられた時がある。今は聖書の時ではなく、
ピストルの時だ。」と言って信徒に人種浄化を呼びかけた、という証言もある。
神の計画、ってなんだろう。牧師の家庭に生まれ、教会で育った僕にとって「神の計画」
という言葉は現在の状況を飲み込む魔法の言葉のようなものだった。
しかしそれは本当だろうか?神は本当にツチを見放したのだろうか?
あるいは「結局はこれにも意味が与えられて、トントンなんだよ。」という事なのだろうか?

しばし考えてみたが、僕には何のヒントも浮かばなかった。


犠牲者の血で真っ黒になった衣服が積み重ねられている。

 

礼拝堂を見下ろすマリア像の頭上の屋根は銃弾で穴だらけだ。

山積みにされた犠牲者の服                                別の記念館に置かれている犠牲者の頭蓋骨佐々木氏提供


礼拝堂部分には大量の衣服、そして地下室には大量の遺骨が置かれていた。
大腿骨、頭蓋骨、上腕骨などが部位別に山盛りにされていた。割られているのは、
釘バットやナタなどで割られたあと。穴が開いているのは弾丸のあとだろうと思われる。
普通に手にとることもでき、あまりの生々しさに背筋がぞっとした。
人間、もはや骨になってしまえば、どれが誰だったのか知る術はない。
僕も、その場にいたら、殺されて同じような骨になるのだ。

 

26−27 日(火) 「償いの家造り」現場へ。

 

「殺人の罪は償えない。なにをしても殺された人を取り戻すことは出来ないから。」
佐々木さんがおっしゃった。「それでも、償いの場を提供する。そのことがこれから被害者
と加害者が共に生きていくために必要なのだ」と。
今回、僕が見学させてもらったNGO・REACH では「和解の家造り」というプロジェクト
が進行している。その担当である佐々木さんは、企画立てや現地政府との交渉などで大変
忙しくされている。
償いの家造りは、今までに15 棟の建設が終わり、あと計画されているのが10 棟とのこと。


建設が進む償いのプロジェクト働く囚人達。                                       元大工の囚人を中心に作業が進む。


途中、アルフォンシンさんというジェノサイド生存者
を訪問した。彼女は、殺人集団によってナタで体を
ズタズタに切り裂かれながらも死体の山の中からな
んとか脱出して生き延びた人で、家族は、兄一人以外、
全員殺されたという。
当時の記憶を蘇らせる中で、彼女はさめざめと
泣いていた。

現在、彼女のための家造りが、囚人たちによって
進められている。そしてそのグループの中には、
彼女の家族を殺した人間がいると聞いた。

そのことを聞いて、僕はただ驚くばかりだった。


自分の家族を殺した人間が造った家に、僕は住めるだろうか?
それとも償いを受けぬまま、憎しみを抱きながら最期を迎えたいと願うだろうか?
あるいは僕が殺人犯だったら、被害者の為になにかしたいと思えるだろうか?

人を赦すとすれば、それはどんなときに起こるのだろう。
彼女も、けして家を造ってもらうことを条件に赦すことを決めたわけではない。
言葉は人によって定義が違うとは思っていたが「和解」という言葉が、ルワンダでは
日本とは全く違う意味で使われているように感じた。

次の家造りの現場に向かう途中、ステファニアさんという方を迎えに行った。
(彼女については後記。)

彼女は、囚人達が作業する現場で、
自分が歩んだ苦しく辛い、虐殺から
今までの歩みについて囚人たちに
語り、そして「赦し」について
語った。
「あなた方がここで働いているの
は、あなた方が犯した罪に対する
罰として、ではないという事を知っ
てもらいたい。」
彼女は囚人たちに語りかける。


「私は、あなた方と一緒にこれからのルワンダを造っていきたい。
あなた方にも幸せになって欲しい。そして天国に行って欲しい。」

その言葉の重み、その言葉にたどり着くまでの想い。
それは僕には想像することしか出来ないのだけど、そのとき「あぁ、今まさに神様が
彼女を通して囚人達に語りかけているのだ。」と思った。

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