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トップ  >  宣教地より  >  「宣教地より」  日本バプテスト女性連合機関誌『世の光』2007.1月号

−日本バプテスト女性連合機関誌『世の光』2007.1月号−

今日は、デニスさんというルワンダ人の友人のことをご紹介します。デニスさんは現在43歳、妻と娘四人と一緒に首都のキガリで暮らしています。彼は、隣国のブルンジで、ルワンダ難民である両親の長男として生まれました。難民として困難な生活を強いられた後、1989年、彼は26歳の時に国連からの奨学金でカナダに留学しました。ソーシャルワークを専攻し、卒業後もカナダに留まってソーシャルワーカーとして働きました。カナダという経済的に豊かな国で市民権と仕事を得ながらも、彼は、いつか「自分の国」で暮らしたいという思いを抱き続けていたと言います。

 

1994年9月、長年の願いが叶い、デニスさんは始めて「自分の国」ルワンダの大地に立ちました。その時ルワンダは、大虐殺が終わってから間もなく、道端、廃墟と化した家屋、教会などに腐乱した死体が積み重なり、死臭が立ち込めていたと言います。デニスさんの親類縁者の多くも、虐殺の犠牲になりました。しばらくの滞在後、彼はカナダに帰国します。しかし、その数ヶ月後、この国で生きていこうと決意して、再びルワンダに戻ってきました。それは、この国に彼を必要としている人々がいることを痛感したからでした。

 

1995年、デニスさんは購入した自宅を改造し、ストリート・チルドレンのために絵画教室を始めました。路上で出会った子ども達の中には、大虐殺で両親を失ったり、親や親代わりの大人達から虐待を受けたりなどの理由でトラウマに苦しむ子どもたちが大勢いました。絵画教室は、心に深い傷を持つ子ども達が、少しずつ癒されていく場所となりました。言葉で言うには辛すぎることや、心の中に閉じ込めていた悲しみ、苦しみ、恐れなどを、絵を描くことを通して表現できるようになったからでした。最初は、生徒10人でスタートした絵画教室でしたが、評判が口コミで伝わっていき、しばらくすると生徒数は50人になりました。6年間続いた絵画教室の卒業生は100名に上り、その中の多くが、食堂や商店の壁に絵を描いたり、看板にデザインを描き込む仕事を得、自立していったのでした。

 

2003年、デニスさんは新たなプロジェクトに着手しました。彼が暮らす地域に、政府系の学校に受け入れてもらえない、コンゴ難民の子どもたちがいることを知り、彼・彼女らのために私財を投じて小学校を作ろうと決意したのでした。そして、小さな小学校を、これまた自宅を改造して作り上げました。ピース・インターナショナル・スクールと名づけられたその学校で、今、コンゴ難民の子ども達と近隣のルワンダ人の子ども達80人が一緒に学んでいます。

 

デニスさんは、これらのこと全てを、カナダに「出稼ぎ」に行き、自ら額に汗して得たお金を投じて進めてきました。デニスさんは言います。「資金繰りをどうするかなど心配するより、大切なのは、神様を信頼して行動に移すことだ。そうしたら、必ず神様は必要なものを備えてくださる。この国には、自分よりもずっと貧しい人たちが沢山いる。私は、その人たちのために働き続ける」と。

 

     【PIS創設者のデニスさんのご家族と】

 

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