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2003年レポート
 
大虐殺から九年
ルワンダの正義と和解への試み―
 
マテオとの出会い
マテオは、私がルワンダのある村で出会ったプロテスタント教会の青年リーダーです。彼はまた、1994年、その村でツチ系住民の殲滅を目的に行なわれた大虐殺の生存者の一人です。フツ至上主義を掲げる民兵組織の手先と化した一部の村人達から焼き討ちを受けた後、カトリック教会が経営する学校の敷地内にやっとのことで逃げ込みました。しかし、毎日のように民兵達がやって来ては、避難民を連れ出し殺戮しました。彼自身も多くの人々と共に教室に立て篭もっていたところを銃撃されました。折り重なっている死体の中で息をひそめ奇跡的に助かったのでした。彼の母親と叔父を含め、18名のツチ系住民が彼の村で犠牲になったのです。
 
自身の経験を淡々と語った後、マテオはこう言いました。「真実さえ明らかになれば、私は虐殺に加担した人々を赦したいと思う」。彼の言葉は、それまで私がルワンダで耳にした赦しについての発言の中でもっとも踏み込んだものでした。「まずは罪を認めて謝罪することが先決だ」というように、赦しの条件について語る人々はいても、「赦したい」という決意を表明した人は彼が初めてだったのです。
 
しかし彼と話をするうちに、多くのツチの生存者達がそうであるように、彼もまたフツ系住民に対し根深い不信感を抱いていると感じました。彼によると、虐殺犯の多くは刑務所に拘留されているものの、逮捕を免れている者も少なくないということでした。しかも、フツ系住民のほとんどが大虐殺当時のことについて沈黙を保っているのでした。私は、「赦したい」という言葉がマテオの心からの願いであることを疑いません。しかし、その願いを一瞬にして打ち砕きかねないほどの厳しい現実の中に彼が生きていることを思わされたのでした。
 
大虐殺の時に破壊された家.jpg
 
         <大虐殺の時に破壊された被害者の家>
 
ある囚人の決意
翌日私は、大虐殺に加担した容疑で拘留されている人々から話を聞くために刑務所を訪ねました。そこで、マテオと同じ村出身でフツのパスカルという囚人に出会いました。パスカルは敬虔なカトリック信者の家の生まれですが、小学校を中退してから生活が荒み始め、やがてギャング団のリーダーとして強盗などの犯罪に手を染めるようになっていきました。大虐殺が始ると、民兵組織の手先として略奪、焼き討ち、殺人等、数々の残虐行為を犯しました。家畜小屋で息をひそめていたマテオの叔父を引きずり出し、仲間と共に棍棒で滅多打ちにし、肥溜めに投げ入れたのもパスカルでした。大虐殺の後村を離れていましたが、年老いた母親を訪ねるために帰郷した時に逮捕されたということでした
逮捕されてから暫くの間、パスカルは自分が処刑されることばかり考えていたということです。しかし、最初は不安から解放されたい一心で参加していたという祈り会や聖書の学びを通して、少しづつ罪の自覚が深められていきました。そして、ほぼ五年間に及ぶ魂の遍歴の末、ようやく自分が犯した罪の告白と謝罪の手紙を書き上げ、刑務所長に手渡したのでした。大虐殺の真実を語ることは命がけの行為です。かつての共犯者達から報復されるかもしれないからです。しかし彼は、やがて始るガチャチャ法廷(前号参照)でも真実を証言する決意を固めているのです。
 
kigali prison.jpg
 
       <ベルギー植民地当局によって建設された刑務所>
 
自らの罪の告白について語った後、パスカルは私に一枚の紙切れを差し出しました。そこには「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(新約聖書 使徒行伝4:20)という御言が書かれていました。ペテロとヨハネは、エルサレムの議員や祭司らの脅迫に屈することなくキリストの十字架と復活を大胆に証しました。私は、彼がその時の使徒達と自分自身を重ね合わせているのだと理解しました。彼にとって、ガチャチャ法廷での罪責告白と真実の証言は、死んでいた自分を生き返らせて下さった(新約聖書 ルカによる福音書15:24)イエス・キリストを告白する行為でもあるのです。
 
不思議な導き
パスカルは罪責告白をした後、自分が殺害に関わった犠牲者の遺族に直接会って謝罪したいと強く願うようになりました。それは行動の自由が許されない彼にとって実現不可能なことでした。しかし、神様の導きにより不可能が可能となったのです。ある日、パスカルは囚人仲間と共に町外れにあるレンガ工場の作業に借り出されました。パスカル達がレンガ工場に到着し作業開始を待っていると、驚いたことにマテオが通りかかったというのです。歩み寄ってきたマテオに、パスカルは意を決して自分が罪の告白をしたことを伝え、謝罪の言葉を述べました。その時マテオの心中にはすさまじい葛藤があったことでしょう。しかし、マテオはそれを黙って聞き終えると一言、「君が告白できた事を嬉しく思う」と言ったというのです。パスカルはこのマテオの言葉に深い慰めを受け、真実を貫く決意を新にしたのでした。
 
刑務所でパスカルと話をした日の午後、私は再びマテオと会いました。パスカルから授かってきた挨拶の言葉を伝えると、彼は顔をほころばせて「虐殺犯の中にも真に悔改めている者がいることをパスカルが証明しているんだ」と言いました。それは、彼が私に見せた初めての笑顔でした。マテオもまた、パスカルの悔改めと真実を語り続けようとする決意に大きな励ましを受けているのです。
 
パスカル(向かって左)とヴェヌース(向かって右).jpg
 
<出所してきたパスカル(向って左)とマテオ(向って左、本名はヴェヌース)>
               2005年10月佐々木撮影
 
終わりに
マテオとパスカルは全く異なる立場から和解への旅路を歩み始めました。しかし、彼等の歩みは今や分かち難く結び合わされているのです。彼等の歩んでいく道のりは長く険しいものに違いありません。しかし、傷つき破れている私たち人間の和解は「神様の御業であり、神様からの贈り物」です(R. J. Schreiter, The Ministry of Reconciliation)。神様はこの二人を用いて、彼等の村における和解の御業を実現なさろうとされているのではないか。私は今このように思い始めています。
 
(バプテスト女性連合『世の光』2004年2月号掲載)
 
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