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トップ  >  ルワンダ滞在記No2 by Ken Haraguchi  >  13 日 ウルクンドルイマーナ(「神の愛」の意)を訪ねる。

13 日 ウルクンドルイマーナ(「神の愛」の意)を訪ねる。

ニゼレは、三つの外部組織と協力関係を結んでいる。
そのうちの一つ、ウルクンドルイマーナ(以下UR)と連絡を取り、訪問させてもらった。

外に立っていた細長い木                        UR 正面入り口                                           施設内の畑で遊んでいた子供

 



その日はイマキュレーさんとセラフィンさんという
事務の方が案内をしてくださった。
UR は、2000 年にフリーメソジスト系の牧師により
設立された。その後を引きついだルウィハニザ牧師と
4 人のボランティアによって現在は運営されており、
その活動資金はアメリカの人権団体Firelight に
よって支えられている。
主な活動はこの地域のHIV/AIDS の撲滅運動だ。
簡単な検査をここで行い、陽性結果が出た際には、無料で治療が受けられる診療所を紹介する。
握手などでも伝染する、といった間違った知識や偏見によって起こっている差別をなくすため、
また自分では検査に踏み出せない人のために、セミナーや戸別訪問のアウトリーチなども行っている。
またエイズによって両親を失った子供たちのケアや、食糧支援、簡易保険制度の手続きなども手広く
引き受けている。イマキュレーさんは「一年2000 フラン(約400 円)の保険に入ってなかったせいで、
病気になっても手当てを受けられない人がたくさん居ます。」と嘆いた。
この地域に住むエイズ陽性の親の子供、エイズによって両親を失った子供の数は1270 人で、うち
両親共に生きているケースは70 だという。案内された事務室の棚は、それぞれの家庭のデータ書類が
山のように積まれていた。イマキュレーさんは「お金も足りませんが、とにかく人手が足りません。
特に、一つ一つのことをきちんと管理できる人材が必要だと感じています。」と続けた。
ここで生活に困窮している家庭の子供たちのデータが、マリゴレティの学校に送られ、その中から
毎年の新入生の募集が行われる、という仕組みだ。
僕たちが話を終えて、事務室から出てきたころ、別の施設内ではセミナーが行われており、50 人程の
人が部屋の前の机上に置かれたノートパソコンの小さな画面を食い入るようにして見ていた。
部屋に入った僕たちは、イマキュレーさんによって紹介されることとなった。マリゴレティが
キニャルワンダ語で自分の紹介と僕の紹介をしてくれ、僕に「少し話をしてほしい」と言った。
突然のことで少し戸惑ったが、僕は次のような話をした。
「こんにちは、はじめまして。僕はマリゴレティの友達で、マリゴレティが運営している学校の
状況を知るために日本から来ました。昨日、僕は学校の生徒たちから話を聞く機会がありました。
生徒たちの話してくれた現実は、とても厳しく、僕もとても悲しくなりました。今、彼らの為に
自分に一体どんな事ができるだろうか、と悩んでいます。
今日は、少しだけ日本の話をしようと思います。日本は大変お金持ちの国で、ルワンダほどの貧困
問題はありません。しかし、日本にもたくさんの問題があります。
たとえば、日本では毎年3 万人もの人が自ら命を断っています。多くの人が自分の生きるべき道を
見失い、苦しんでいます。どうか、日本のことも覚えて祈って下さい。僕も、ルワンダの皆さんの
ことを覚え、これからの毎日を暮らしていこうと思います。」
ここで、僕はある聖書の箇所が頭をよぎり、その話をすることにした。
「私たちの世界は、本当に苦しみに満ちていると感じています。
もう私たちにはどうしようもないんじゃないか、と思うほどです。
僕は今、ある聖書の箇所のことを思い返しています。イェスが、僅かな食べ物を5000 人もの人に
分けて配り、そのみんなが満足した、という場面です。聖書は、イェスの元で共に分かち合う事に
よって起こる奇跡を証しています。私たちがすべての物を心から分かち合ったなら、神様は
この世を祝福で満たしてくださるのだと思います。」
今日はありがとうございました。と言うと、みなさん暖かな拍手によって応じてくださった。
そして一人の人が立ち上がり「祈りましょう」と言った。
「神様。今日はこの兄弟を遠く日本から遣わしてくださり、ありがとうございます。
今日は、日本でも多くの人が苦しみの中にある、ということを兄弟から聞きました。
神様、どうか日本の人たちに生きるべき道を示してください。
神様、私たちの世を祝福してください。」
叫ぶようにして祈る人々の姿は、僕の心に深く焼きついた。
そして祈りが終わると誰からともなく賛美が始まり、その歌声が施設に響き渡った。]

 

たくさんの人と握手をして別れを告げ、車に乗り込んだ僕は、心中落ち込んでいた。
「なんであんなこと言ったんやろ・・・。俺、ほんと最低なやつやな。
自分は、きっちり自分の分を確保してるくせに、『すべてを分かち合う』なんて・・・。」
僕は、自分の浅はかさと、どこまでいっても「口だけ」な自分を責めた。
しかし、聖書が「分かち合う」ことの大事さを語っているのは、本当だった。
そしてルワンダの現状と自分の環境を知る僕にとって、それはあまりにも痛い真実だった。
その夜、僕はマリゴレティの家のリビングでいつものようにくつろいでいた。



お手伝いのピーターが学校の英語の宿題が分からないというので、
教えていると、なんとなくピーターの話になり、家族は兄が一人、
あとはみなどこにいるか分からない、という話や、お母さんは
知り合いに毒殺された、という話、家を離れてからマリゴレティの
家に来るまで色んな仕事を転々とした、といった話をしてくれた。
ルワンダで出会った人の中でもピカイチの笑顔の持ち主である
ピーターは、本当に苦労人だった。
「でも僕は幸せだよ。今はここで家族の一員のようにして暮らしているし。」
彼のつたない英語と、僕の無に等しいキニャルワンダ語ではあったが、僕たちはよく冗談を言って
笑いあった。僕が街からの帰り道に迷ったときは、ピーターは息を切らしながら探し回ってくれた。
僕が「僕たち、なんか兄弟みたいだね。」と言うとピーターはまばゆいほどの笑顔で照れながら
「イェス」と答えてくれたのだった。
僕はふと思い立ち「明日の朝、水汲みに連れてってくれない?」とピーターに聞いた。
「手伝わなくても大丈夫よ。水は十分にあるし。」とマリゴレティは言ったが「これも経験だから」と
僕は半ば無理やり頼み込んだ。
次の日、六時に起きた僕とピーターは、ポリタンクを手に山を下り、ふもとの水汲み場まで行った。
満タンになったポリタンクを肩にかつぐ。ずしりと重い。十歩も進まないうちにふらふらになる。
慣れているピーターはすたすたと急な斜面を進む。僕はぜーぜー言いながらついていくのに必死だ。
5 分も登っていると汗だくになる。道端の人が「みて!外人が水を運んでるわよ!」と笑っているのが
聞こえたが、もはや見た目になんか構っていられない。
30 分後、家にたどり着いたときには僕は泥だらけの汗まみれだった。ポリタンクの水をかめに入れ、
僕は庭で水浴びをすることにした。服を脱いで市場で買った布を腰に巻き、頭から水をかぶった。
朝の空気はまだ冷たく、水はぎょっとするほど冷え切っていた。
「あーーー。もうやるっきゃね〜〜〜!」と水をかぶりながらわけのわからないことを呟く僕を、
ピーターは最初珍しそうな目で見ていたが、やがて崩れるようにしてケタケタ笑った。
そうして前日からずっとウツウツとしていた僕の心はすっきりとした。
『自分にできる限りのことをやろう。』そう心に誓った。

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