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トップ  >  ルワンダ滞在記No2 by Ken Haraguchi  >  12 日 奨学生の選考会

12 日 奨学生の選考会

マリゴレティは以前から、ニゼレの教育環境には改善の余地がある、と話していた。
まず一つは、生徒達のカウンセリング。
両親のいない生徒や、この学校に来るまで売春で生計を立てていた生徒、孤児院から引き取られた
家庭で虐待を受けている子供などがいる中で、職業訓練だけでなく、精神的なサポートもしたい、と
いうのが彼女の願いだった。
しかし、事務や外部組織とのやりとりを一手に引き受けている彼女には生徒一人ひとりに向き合う
時間が残されてなく、ニゼレのソーシャルワーカーも、踏み込んだ問題にまで立ち入れていないのが
現在の状況だった。
そして二つ目に彼女がしたいと考えていたことが、平和教育プログラムだった。
「政治が不安定になったとき、まず犠牲になるのは彼らのような子供たちなの。
お金もない、教育も受けてない彼らが兵士に仕立て上げられて、戦争が起こるのよ。」
まず彼らを貧困の悪循環から抜け出す手助けをして、ルワンダの虐殺のこと、現在の状況、
どうしたらよりよい社会を作り出せるか、共に考え、学びたいというのが彼女の想いだった。
僕は、平和教育は本当に必要なことだな、と思うと同時に、障害もあるなと感じた。
まず一つは、その新しいコースを導入するには、準備期間が必要なのではないか、ということ。
そしてもう一つは、もしそのカリキュラムを現在のものに混ぜるならば、他の授業数を減らせるのか、
もしその授業分を追加するならば、生徒達に果たして時間的余裕があるだろうか、ということだった。
数時間かけて通学する生徒も少なからずいるし、また多くの生徒は他に仕事を持っていた。
生徒達が重荷に感じうるカリキュラムを試験的に実施する、というのはリスクが大きいのではないか。
そこで僕とマリゴレティとで話し合った結果、奨学金プログラムを実施することにした。
まず今年は一人の生徒を選んで平和教育プログラムを実施し、その生徒には奨学金を支払うことで、
その生徒自身の負担を無くす、というもの。
選考会の中で、生徒たちに話を聞いて実態を調査する、というのも狙いの一つだった。
僕は奨学金の案内を作り、マリゴレティと一緒に各教室を回って、生徒たちに説明をした。


書類選考を経て、6人を最終選考に残した。
30 分程の面接でそれぞれの生活の事、過去の出来事などを聞かせてもらった。
僕は生徒たちに話をするとき、幾度となく「全員をサポートできなくて申し訳ないと思っている。」と繰り返した。
マリゴティも僕も、彼らはみなサポートされるべきなのに、
周りの大人が、そして国際社会がその責任を果たせていない、という認識を持っていたからだ。
面接では、出来るだけ生徒がリラックスして話せるように心がけた。
話が展開する中で質問を変えながら話をしたが、それぞれの生徒に三つ同じ質問をした。
一つ目は「友達はいるか」という質問。
学校、また地域での人間関係について知りたかったからだ。
二人の生徒が「いる」と答え、あとの生徒は「いない」と答えた。
友達がいない、と答えた生徒に理由を尋ねると「誰も信じられないから」という答えが返ってきた。
二つ目は「どういう時に、生きるのはつらい、と感じるか」という質問。
彼らにどういうニーズがあるのかが、これからの支援を考える材料になるだろうと考えたからだ。
この質問には六人全員が同じ返答をした。
「困ったことが起きた時に、相談する相手がいないこと。」
三つ目は「将来、やりたいことはあるか」という質問。
生徒たちが将来のことをどう考えているのか、夢はあるのか、という話を聞きたかった。
一人は「料理人」と答え、もう一人は「生活が安定できるような仕事」と答えた。
残りの四人の答えは「孤児院を作って、ほかの孤児の手助けをしたい。」というものだった。
自分が孤児になった経緯や、その後の生活、出来事を話す中で、泣き出してしまう生徒もいた。
マリゴレティはすぐにその生徒の横に座り、なだめるように肩を抱いて声をかけた。
僕は、その姿にいたたまれなくなって、窓辺に立って外を眺めていた。
すさまじい生活を余儀なくされ、話を聞いてくれる相手もいない彼らは、僕と同じような年ごろだ。
僕と彼らの、この違いはなんだろう。僕と彼らにいったい何の違いがあるだろう。
彼らの激しい痛みと孤独の一端に触れ、僕は心臓がぎゅぅと締め付けられるような思いになった。
面接が終わり、お互いの意見を交換するなかでマリゴレティは「状況が厳しいことは知っていたけど、
まさかここまでとは・・・。」と言葉を詰まらせた。
孤児院から引き取られた家庭で虐待を受けていることを告白してくれた生徒にはマリゴレティが
個人的にコンタクトを取ることを決めた。
またマリゴレティは、他にも今すぐにでも支援が必要な生徒のケースがあることを教えてくれた。
しかし支援体制が整っていない今、出来ることは絶望的に限られていた。
「それでも、誰の人生も変えられないような支援はしたくないの。」とマリゴレティは言った。
話し合いの結果、僕たちは今年の奨学生を決めた。



発表の日、一人欠席していた生徒がいたが、僕の
帰国が迫っていたのでその日にすることにした。
マリゴレティのオフィスに呼び出された生徒達は
緊張と期待の入り混じった表情をしていた。
僕は、発表の前に写真を撮りたい、と申し出た。
発表の後に、写真を撮らせてほしい、とは
頼めないと思ったからだ。
僕はまた「全員を支援できなくて申し訳ない。」と
繰り返した。そして、その言葉をかみ締めた。


今回選ばれたウグウィマナ・ドルカスさん


ドルカスさんは、十七歳。ニゼレには徒歩で一時間かけて登校している。
両親を2001 年にエイズで亡くして以来、六人の兄弟たちと一緒に
暮らしている。両親の親族とはつながりがない、という。
上の兄弟たちが働きに出ている間、下の兄弟の面倒をみて、家事を
こなすのが彼女の役目。
時間があるときは仕事を探すが、運よく仕事が見つかっても一日働いて
1000 フラン(200 円程度)も稼げない。
両親が死んだときのことが今でも忘れられない、と言う。
エイズ啓発団体のボランティアに参加することもある。
「火曜日に教会に行くのが習慣です。」というので「なぜ?」と聞いた。
「神様に祈っていると心が落ち着くから。それに神様は私に今の生活を
乗り越える忍耐を与えてくれました。」と言う彼女が印象深かった。
ドルカスさんには毎月二万五千フラン(約五千円)が支給される。
ちなみにこの資金は、僕がカナダで行っているマディソン教会からの募金を主に捻出されている。
またドルカスさんは定期的に、コレット・サンダー著「平和を創り出す若者」という本を題材に、
平和についてマリゴレティと共に学ぶ時間を持っている。
この奨学金が、ドルカスさんが自分の将来を前向きに考えるきっかけになれば、と願っている。

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