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5 月1 日 1 日目

去年の夏ルワンダに行った時、佐々木さんが、
「現地のNGOでも話を聞くといい」と紹介して
くれたのがマリゴレティの運営する職業訓練校
「ニゼレ」だった。
マリゴレティに何度か会って話をするなかで、僕は
彼女の粘り強い働きぶりと熱意に引き込まれた。
マリゴレティもやがて「ケンは、わたしの本当の
弟よ。」と言ってくれるようになり、ルワンダを
発ってからも、彼女とのやりとりは続いた。
ルワンダにもう一度行きたいと思い「また、ルワンダに行きたいと思ってるんだけど、滞在中、
泊めてもらえませんか。」とお願いしたときには「家族なんだから遠慮しないでおいで!」と
快く了解してくれたのだった。




待機時間を含め2 日間ほどのフライトの後、朝8 時ごろに
ルワンダのキガリ空港に到着した。
空港では、マリゴレティと、前回の滞在でお世話になった
佐々木さん、次男の友喜君が迎えてくれた。
半年ぶりの再会がうれしく、また街の景色や音、匂いがすべて
懐かしかった。
5 月1 日は、マリゴレティの親族の犠牲者を覚える記念日で、
午後から式典があるということで、僕も参列させてもらえることに
なった。




記念式典は、虐殺記念館横にある、
集団墓地で行われた。
花が飾られ、祈りがなされ、
聖書が読まれ、賛美歌を歌い、
親族の方がメッセージをした。
シンプルな、そしてとても大事な儀式だと感じた。





礼拝の前後、唯一の外国人である僕に
やさしく話しかけてくれた親族の方がいた。
その方もまた、虐殺を生き延びた方だった。
殺戮者たちに見つからないように遺体の山に
埋もれて、数週間をやり過ごした、と言う彼は、
その間に体重が40 キロ減ったのだという。
彼は、続けてこう話してくれた。


分かる限りで記載された集団墓地に埋葬された犠牲者の名前




「虐殺は、まだ終わってないよ。
私たちは、まだあの時代を乗り越えることが
出来てないんだ。
子供たちが聞くんだよ。
『あの時、一体なにが起こったの?』って。
でも僕には、
なんと答えたらいいか分からないんだよ。」




その後、違う地区の教会に移動し、礼拝をもった。
こちらは、親族の友人なども広く招待される集会で、
会堂は人でいっぱいになった。そして式は夜まで続いた。

 

『ねぇ、虐殺のとき、いったい何が起こったの?』という子供たちの質問は、
虐殺を生き延びた人にとって、心をえぐるようなものであるに違いない。
まずなにより、それらの辛い記憶は思い出したくないもののはずだ。
一方で次の世代に伝えなければ、という責任感に板ばさみにされて悩む、という事もあるだろう。
そして、虐殺後を生きる人達にとっても『一体あの時代はなんだったのか。』という疑問は、
答えのないまま、宙に浮いてしまっているのかもしれない。
ベルギーによる間接統治下で、民族対立が深められていった。という歴史検証だけでは答えられない。
一体全体、何が起こったんだ?どうなったらあんな悲惨なことが起こるんだ?という深い、深い、闇。
人々はそれを忘れたいと願いながらも、それを忘れまい、と思っている。
表面上は復興したこの街には、誰も言葉にできない空気が騒めく様にして流れている。
「あれは悪魔の仕業だった」という人もいる。
しかし、悪魔に取り憑かれていた人も、悪魔によって殺されかけた人も、今、ここに生きている。
式のあと話しかけてくれた彼が言ったように「虐殺はまだ終わっていない」のだろう。
果たしてすべてが明らかになる日は来るのだろうか。
それともその記憶が死に絶えるのを、ただ待つだけしかないのだろうか。
そんなことを、思った夜だった。

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